英祖(ヨンジョ)は一体どんな国王だったのか

80歳過ぎまで生きた唯一の国王

◇1775年、英祖は思悼世子の息子の正祖(チョンジョ)に代理聴政(摂政)をさせようとした。
重臣たちを集めてこう言った。
「気力が衰えてきて一つの政務をやりとげることも難しくなってきた。こんな状態で最後までやり抜けるだろうか。国を治めることを考え始めたら、夜もまったく眠れないほどなのだ」
80歳を過ぎて、英祖はここまで弱気になっていた。




しかし、重臣たちの中には強く反対する者もいた。
すると、英祖は王を守る軍隊を正祖に付けることを断言して代理聴政を強行した。
この強攻策が功を奏し、もはや反対する者はいなかった。
◇英祖は1776年に82歳で世を去った。
在位は実に52年に及んだ。朝鮮王朝の27人の王の中で、他に類がないほどの圧倒的な長さであった。
◇英祖の後を継いで即位したのは、英祖の孫の正祖(チョンジョ)であった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

英祖について紹介している『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』(康熙奉〔カン・ヒボン〕著/実業之日本社)

康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』

『秘密の扉』に登場する英祖(ヨンジョ)とイ・ソン(思悼世子)の親子関係は?

英祖(ヨンジョ)は景宗(キョンジョン)のおかげで国王になれた!

英祖(ヨンジョ)はイ・ソン(思悼世子〔サドセジャ〕)の死後に後悔した!

英祖(ヨンジョ)はイ・ソン(思悼世子〔サドセジャ〕)に自決を命じた!

英祖(ヨンジョ)!在位が一番長かった国王

固定ページ:
1 2

3

注目記事のエッセンス1

記事「トンイは張禧嬪(チャン・ヒビン)より悪女なのか?」

ドラマ『トンイ』は日本でも大人気を博した。トンイを演じたハン・ヒョジュの魅力もあって、トンイがいかにも明るくて純粋な女性のように描かれていた。一方の張禧嬪は、朝鮮王朝3大悪女の1人に数えられて、悪女の代名詞になっている。しかし、本当の悪女はどちらだったのだろうか。史実を見ていくと、トンイの別の顔が見えてくる。

ページ上部へ戻る