朝鮮王朝を強力な王権で統治した「五大国王」とは誰か?

朝鮮王朝後期の2人

◆粛宗(スクチョン)
〔1661~1720年〕
19代王。在位は1674~1720年。政治的に業績が多く、農地の整備と商業の奨励を行ない、本格的な貨幣鋳造事業も実施。人々の生活水準の向上に尽くした。その一方で、王妃や側室との間で何度もトラブルを起こしている。特に、張禧嬪(チャン・ヒビン)を王妃に昇格させたことで様々な問題を発生させた。その張禧嬪を1701年に死罪にしている。

◆英祖(ヨンジョ)
〔1694~1776年〕
21代王。在位は1724~1776年。時代劇『トンイ』の主人公となった淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏の息子。王になってから、党争の弊害をとりのぞくために公平に人材を登用した。




その結果、優秀な官僚組織を活用して政治的に成果をあげた。このように評価が高いのだが、世継ぎの思悼世子(サドセジャ)を米びつに閉じ込めて餓死させたことが汚点として残る。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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記事「トンイは張禧嬪(チャン・ヒビン)より悪女なのか?」

ドラマ『トンイ』は日本でも大人気を博した。トンイを演じたハン・ヒョジュの魅力もあって、トンイがいかにも明るくて純粋な女性のように描かれていた。一方の張禧嬪は、朝鮮王朝3大悪女の1人に数えられて、悪女の代名詞になっている。しかし、本当の悪女はどちらだったのだろうか。史実を見ていくと、トンイの別の顔が見えてくる。

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