日本と韓国の物語「第4回/雨森芳洲(後編)」

雨森芳洲の肖像画

雨森芳洲の肖像画




隣人との付き合い方

雨森芳洲が不快感を示すのも当然だった。江戸幕府と朝鮮王朝は対等な関係で外交を展開しており、一方が上で一方が下ということはありえない。そのことを強く意識していた雨森芳洲は、朝鮮王朝側が礼を失する態度を示せば、それを見逃さずきちんと改善を促している。
そこまで雨森芳洲ができたのは、彼が朝鮮半島の事情を熟知していたからだ。
彼は晩年の著作『交隣提醒』の中で「日本と朝鮮とハ、諸事風義違ひ、嗜好も夫ニ応じ違ひ候故、左様の所ニ、勘弁これ無く日本の風義を以って、朝鮮人へ交り候てハ事ニより喰い違い候事多くこれ有り候」と書いている。
これは「日本と朝鮮は、なにごとも風習が異なっていて、好みも違うから、こうしたことに理解を示さず、日本の風習だけで朝鮮の人たちと交わろうとすると、多くの食い違いが生じてしまう」という意味だ。
以上のことは、朝鮮半島の人たちと長く接してきた雨森芳洲が、自分の体験から身につけた「隣人との信頼に基づく付き合い方」であったことだろう。




前述した『交隣提醒』には、次のような記述もある。
「(朝鮮王朝の)王は庭に何を植えておられるのかと(朝鮮通信使の一行に)尋ねた人がいました。『麦です』という答えを聞くと、『粗末な国ですなあ』と言って笑いました。実際に王は花を植えておられるのでしょうが、(朝鮮通信使の一行は)『農業を大切に思うことが古来から君主の美徳』と思って麦の名を出したのです。そうすれば、日本の人に感じ入っていただけると思った次第ですが、かえって嘲笑を受けてしまいました。なにごとも、(相手を知ろうとする)心得を持つことが大切でしょう」
この文章を読んでいると、雨森芳洲が生涯を通して何を信条にしていたかがよくわかる。彼は「先入観で相手を見ずに、先方の立場に立って相手を見る」ということを繰り返し強調している。
隣国との外交や交流の要諦はまさにここであろう。
(ページ3に続く)

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