瀬戸際のエドワード8世
ジョージ5世の逝去にともなって、皇太子はエドワード8世として即位した。
途端に、国王の愛人として、ウォリスの権勢が盛んになった。彼女は慣例をことごとく破り、自分は贅沢をするくせに、バッキンガム宮殿の使用人の給料をすべて1割もカットした。さらに、予告もなく厨房に現れ、あまりに細かすぎる指示を出して料理人たちのひんしゅくを買った。
かねてからウォリスを蔑視していた大物政治家チャーチルは、彼女の追放を画策した。まず、ロンドンの大衆紙を動かし、ウォリスの暗殺計画が進行している、という噂を流した。ウォリスに心理的圧迫を加えるためである。さらに、硫酸でウォリスの顔に危害を加えるという恐ろしい計画まで立てたりしている。当時、政府首脳にとって、ウォリスがいかにやっかいな存在であったかがわかる。
1936年10月、ボールドウィン首相は避暑から官邸に戻ってみて驚いた。本国自治領やアメリカなどから山のような書面が届いていたからだ。国王の不倫が広まるに連れて、各国は重大な懸念を抱き真相を照会してきたのである。
ボールドウィン首相は早速、エドワード8世を訪ねて進言した。
「王冠に対する敬愛が失われれば、どんな手段をもってしても、王位の重さを回復することは不可能です。特殊なご結婚は、国民が賛同できないでしょう」
「私はシンプソン夫人と結婚したいと考えている。しかし、彼女を皇后にできないことを承知している。そこで、国王の単なる配偶者とする法律ができないものだろうか。過去にもそういう例があるそうではないか」
「しかし、議会の承認を得ることは困難です」
ボールドウィン首相もむげに断ることはできないので、一応閣議にはかってみると言って下がった。案の定、議会も自治領も大反対である。
エドワード8世の結婚問題は、イギリス憲政史上最大の危機となった。ことは、国王が結婚を断念するか、それともボールドウィン内閣が総辞職するかというところにきていた。しかし、ボールドウィン内閣が総辞職しても、後継内閣を組織すべき労働党が新内閣を組織する意思のないことを早々と公表した。
というのは、エドワード7世は皇太子時代からドイツ寄りの発言をくり返しており、第2次世界大戦勃発直前でドイツとの関係が最悪だった当時、議会は国王の味方につきたくなかったのである。
自分に不利な状況を悟ったウォリスは、得意の大芝居に出た。
「自分と別れて、ふさわしい人と結婚してください」
涙で崩れながら国王に懇願したのである。
エドワード8世は瀬戸際に立たされた。愛を貫くか、王位を捨てるか。(ページ5に続く)