廃城跡に行ってみよう〔第1回/安土城〕

 

もしも織田信長が「本能寺ノ変」で倒れていなかったら。そして、彼が天下統一を成し遂げていたら。近江の安土が賑やかな都になっていたかもしれない。今は、のどかな田園風景が広がるだけなのだが……。

JR東海道線の安土駅で下車する

JR東海道線の安土駅で下車する

DSCF6538

田園地帯の先に安土城があった丘が見えた

DSCF6539

ここから安土城の城跡が始まる

信長時代の到来

1575年5月、「長篠の戦い」で武田軍に大勝した織田信長。1575年11月7日に右近衛大将に任じられた。

これは、あの源頼朝と同じ官職であった。まさに、信長時代がやってきたことを告げるかのようだった。

その信長は岐阜城を居城にしていたが、1576年2月23日に安土城に移った。尾張と美濃の両国と岐阜城は嫡男の信忠に譲り渡した。

安土城は1月中旬に着工したばかりだったのだが、信長は工事が始まって早々にこの城の主となった。(ページ2に続く)

ページ:

1

2 3

ピックアップ記事

注目記事のエッセンス1

記事「トンイは張禧嬪(チャン・ヒビン)より悪女なのか?」

ドラマ『トンイ』は日本でも大人気を博した。トンイを演じたハン・ヒョジュの魅力もあって、トンイがいかにも明るくて純粋な女性のように描かれていた。一方の張禧嬪は、朝鮮王朝3大悪女の1人に数えられて、悪女の代名詞になっている。しかし、本当の悪女はどちらだったのだろうか。史実を見ていくと、トンイの別の顔が見えてくる。

ページ上部へ戻る