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カテゴリー:時代劇の人物
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「無念の早死に」をした哀しみの五大世子とは?
朝鮮王朝で国王の正式な後継者のことを世子(セジャ)と言うが、国王の座を約束されていながら即位できなかった5人を取り上げてみよう。それは、李芳碵(イ・バンソク)、懿敬(ウィギョン)世子、昭顕(ソヒョン)… -
チョン・イル主演『ヘチ』のヨニングン(延礽君)が後に英祖(ヨンジョ)になる
NHK・BSプレミアムで毎週日曜日午後9時から放送されている『ヘチ 王座への道』。主役のチョン・イルがヨニングン(延礽君)を演じている。このヨニングンは1724年に21代王・英祖(ヨンジョ)として即位… -
上昇して転落した鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)の人生!
朝鮮王朝時代は、身分制度がとても厳格だった。最下層の身分は奴婢(ぬひ)だったが、最上位は王族を除けば両班(ヤンバン)であった。そんな身分制度の中で、鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)は女性としては最高の品階… -
明宗(ミョンジョン)の悲しみ/朝鮮王朝の波乱万丈13
文定(ムンジョン)王后の息子の慶源(キョンウォン)は、1545年に13代王の明宗(ミョンジョン)として即位した。彼は学問を好み性格も温和だったが、まだ幼かったために強引な母に頭が上がらなかった。実権の… -
文定王后(ムンジョンワンフ)の悪行/朝鮮王朝の波乱万丈12
1544年、朝鮮王朝の11代王・中宗(チュンジョン)は臣下たちの権力争いに苦しめられていた。そうした気苦労は中宗の体調を悪化させた。病に倒れた中宗は、長男に王位を譲った翌日に亡くなった。 … -
中宗(チュンジョン)の時代/朝鮮王朝の波乱万丈11
1506年に即位した中宗(チュンジン)は、燕山君が行なった悪政を正すことに全力を注いでいった。まず、伝統的な学び舎である成均館(ソンギュングァン)の復活を急ぎ、虐殺事件によって被害を受けた人たちの名誉… -
追放された燕山君(ヨンサングン)/朝鮮王朝の波乱万丈10
多くの血が流れた「甲午士禍」が終わった後の宮中は、無残な荒野のようだった。二つの虐殺事件の後、燕山君(ヨンサングン)の暴政はさらに悪化していき、庶民の暮らしは貧窮を極めた。 … -
暴君・燕山君(ヨンサングン)の悪行/朝鮮王朝の波乱万丈9
王が絶対的な権力を持つ朝鮮王朝では、王が名君ならば平穏な時代が流れ、暴君ならば混乱をきわめた。10代王の燕山君(ヨンサングン)は最悪の暴君であり、朝鮮王朝がもっとも血に染まった時代だ。 … -
燕山君(ヨンサングン)の時代/朝鮮王朝の波乱万丈8
1494年、惜しまれながら9代王の成宗(ソンジョン)がこの世を去った。次の王に就いたのは、斉献王后が産んだ王子で18歳だった。この王が10代王の燕山君(ヨンサングン)である。  … -
成宗(ソンジョン)の時代/朝鮮王朝の波乱万丈7
成人して親政を始めた9代王の成宗(ソンジョン)は、王権を自分の手に戻すため奮闘した。そんな彼の初めての仕事は、王になる前に亡くなった父の懿敬(ウィギョン)に王の尊号を贈ることだった。 …