文定(ムンジョン)王后!悪名高き王妃

 

文定(ムンジョン)王后は、息子を王にするという野望を叶えるために様々な悪事を働いた悪女である。13代王・明宗(ミョンジョン)の母親である彼女は、存命中にいったい何をしたのだろうか(文定王后については、韓国時代劇の史実とフィクションの違いを解説した康熙奉〔カン・ヒボン〕著・実業之日本社発行の『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』で紹介しています)。

文定王后の野望

文定王后は、中宗の二番目の王妃である章敬(チャンギョン)王后が息子を産んで6日後に亡くなったことで、三番目の王妃として迎えられた。
1534年に息子の慶源大君(キョンウォンデグン)を産んだ彼女は、自分の息子を王にしたいという野望を持つようになった。
しかし、すでに章敬王后の息子が世子(セジャ/王の後継者)になっていた。それは、朝鮮王朝に「長男が後継ぎになる」という原則があったからだ。




何としてでも息子の慶源大君を王にしたかった文定王后は、世子の存在を疎ましく思うようになった。
世子の命を狙うようになった文定王后。そんな彼女の手先として動いたのが、「朝鮮王朝三大悪女」の鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)である。
2人はいろいろな手を使って世子を殺害しようとするが、すべて失敗に終わってしまう。
何とか無事だった世子は、1544年に12代王・仁宗(インジョン)として即位したが、命の危機が完全に去ったわけではない。なぜなら、まだ文定王后が息子を王にすることを諦めていなかったからだ。(ページ2に続く)

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