無念の五大国王/五大シリーズ特選C

 

政治の実権を持てなかった2人

◆純祖(スンジョ)
〔1790~1834年〕
23代王。在位は1800~1834年。父の22代王・正祖(チョンジョ)が亡くなったあとに10歳で即位したために、21代王・英祖(ヨンジョ)の継妃だった貞純(チョンスン)王后が代理で政治を仕切った。その後も正妻の純元(スヌォン)王后の実家である安東(アンドン)・金(キム)氏の一族に政治の実権を握られてしまった。そのあたりの不甲斐なさは『雲が描いた月明り』でも描かれていた。

◆憲宗(ホンジョン)
〔1827~1849年〕
24代王。在位は1834~1849年。父の孝明(ヒョミョン)世子は23代王・純祖(スンジョ)の息子で“名君の素質あり”と評価が高かったが21歳で早世してしまった。




代わって憲宗が純祖の後を継いだのだが、わずか7歳であったために祖母の純元(スヌォン)王后が政治を代行した。その後、憲宗は1849年に政治的業績を残せず22歳で急死した。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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ドラマ『トンイ』は日本でも大人気を博した。トンイを演じたハン・ヒョジュの魅力もあって、トンイがいかにも明るくて純粋な女性のように描かれていた。一方の張禧嬪は、朝鮮王朝3大悪女の1人に数えられて、悪女の代名詞になっている。しかし、本当の悪女はどちらだったのだろうか。史実を見ていくと、トンイの別の顔が見えてくる。

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