エドワード8世とウォリス・シンプソン/王位を捨てる恋
礼儀知らずの婦人
午餐会に出席していたすべての招待客が、アメリカの婦人の無礼に眉をひそめた。
「アメリカ人は、王室に対する礼儀を知らないから困るわ」
「まったく恥知らずな女ね」
人々の非難は、エドワード皇太子の隣にすわっている女性に向けられた。しかし、当の婦人・・ウォリス・シンプソンは、まるで自分が主賓であるかのように、まわりから注目されることを楽しんでいた。
ときは1931年1月、場所はロンドン郊外のメルトン・モーブレー。伝統的な狐狩りで有名なこの地で、皇太子を囲んで午餐会が行なわれているところだった。
ことの発端は、皇太子が、隣で寒そうにしているアメリカの婦人に儀礼的に話しかけたことだった。
「セントラル・ヒーティングが懐かしくはありませんか」
ユーモアのセンスにあふれた皇太子は、見知らぬ婦人をなごませようと、笑顔を交えながら話しかけた。
「大丈夫でございます。私はイギリスの寒い家が大変気に入っていますので」
皮肉まじりにそう言うと、ウォリスはさらに続けた。
「それより、私、殿下には失望させられましたわ」
「なぜです?」
「イギリスでは何回も同じことを尋ねられます。殿下なら、もっとユニークなご質問をいただけるとものとばかり思っていましたから……」
初対面でこんな無礼なことを言う女性は、これまで1人もいなかった。しかし、皇太子は口もとに笑みを浮かべて、別に機嫌を損ねた様子もなかった。
実は、このときウォリスが、心の中でほくそ笑んでいたことを見抜いた人はいなかった。いかにも配慮を欠いたように思える会話は、すべてウォリスが事前に計算していたものだった。
彼女は、以前から皇太子に近付く機会をうかがっていた。友人に懇願して午餐会への出席を実現させると、テーブルにネームプレートがないのをいいことに、さっさと隣の席を確保して、皇太子の注意をひく機会を狙っていたのである。皇太子が控え目な女性より、意志が強い女性にひかれることを熟知した上での言動だった。
<皇太子は私のことを決して忘れないでしょう>
ウォリスはそのことを確信していた。その確信はやがて現実となり、皇太子とイギリスの運命を大きく変えていくことになる。(ページ2に続く)