国際的な大問題
いよいよグレースがカンヌに到着した。ギャラントは、アメリカ映画のカンヌ駐在員を通して、グレースにぜひともレーニエ大公に会ってくれるように懇願した。しかし、グレースはモナコという国自体をよく知らない様子で戸惑いを隠さなかった。
モナコはフランスの地中海沿岸にある小国で、当時の人口は2万8000人。アメリカ人の多くが、モナコとモロッコを混同するほどに知名度は低かった。
さらに悪いことに、レーニエ大公が指定してきた日が、アメリカの映画関係者が主催するレセプションと重なってしまった。レセプションの主役はもちろんグレース。そのレセプションが夕方5時からなのに、レーニエ大公と会う予定は4時だった。カンヌからモナコは車で1時間はかかるので、時間的にはまったく無理な話となった。
しかし、ギャラントの執念は凄まじかった。レーニエ大公にお願いして時間を3時に繰り上げてもらうと、今度はグレースに向かって「レーニエ大公が約束時間の変更にまで応じているのに、あなたが会わないと言いだしたら、国際的な大問題になりますよ」と半ば脅迫じみた言葉でグレースに迫った。「国際的な大問題」という言葉に不安を募らせたグレースは、ようやくレーニエ大公に会うことを承諾した。
しかし、まだまだ紆余曲折があった。なんと当日になって、ギャラントはグレースから「キャンセルしてほしい」と言われた。
理由は、荷をほどいたらフォーマルドレスはしわだらけでまともに着られるものがないということと、髪を洗って乾かそうとしたらホテルがストライキ中で電気がつかないということだった。
ギャラントが駆けつけると、グレースは濡れた髪のままで狂乱状態になっていた。髪のほうは、櫛でとかしながら乾かして束ねれば何とかなりそうだった。ドレスは仕方がないので、しわが最も少ないものを着ることにした。流行の先端を行く派手なドレスで、本来王族に拝謁するにはふさわしくなかったが、背に腹はかえられなかった。それよりも、問題なのは帽子がないことだった。
「帽子なしでは大公の前に出られないんですよ」
ギャラントは顔面蒼白になりながら言った。
「帽子は一つも持ってきていないの。どうしたら、いいのかしら」
買いに出ることも不可能だった。南フランスでは、どの店もきまって2時間の昼休みを取る。時間はまさに、その昼休みのど真ん中だった。
この大ピンチを救ったのは、同席していたスタイリストだった。彼女は、グレースが持っていた造花のヘアバンドをバラバラにし、花を並べかえて巧みに帽子らしきものにつくり変えた。
「アメリカで大流行しているといえば、大公も納得するよ」
そう言って、ギャラントは胸をなでおろした。(ページ3に続く)