歴史に残る五大美女/朝鮮王朝の五大シリーズ14

 

朝鮮王朝時代の女性は肖像画を残していないが、歴史書の記述によって誰が美女であったのかが明らかになっている。歴史に残る美女は、敬恵(キョンヘ)王女、黄真伊(ファン・ジニ)、淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)、神徳王后(シンドクワンフ)、張禧嬪(チャン・ヒビン)の5人である。




最初の3人

敬恵(キョンヘ)王女
[1436~1473年]
5代王・文宗(ムンジョン)の娘で6代王・端宗(タンジョン)の姉。“朝鮮王朝でもっとも美しかった王女”と評されている。端宗が世祖(セジョ)によって王位を奪われて死罪になった後、彼女は奴婢(ぬひ)にされた。しかし、世祖は最後は気の毒に思って、彼女の面倒を見た。1473年に38歳で亡くなったが、その息子は後に科挙に合格して出世を果たした。

黄真伊(ファン・ジニ)
生没年は不明。10代の頃から美貌が広まり、恋い焦がれた青年が死んでしまうという騒動まで起きている。後に妓生(キーセン)となったが、詩歌の才能が卓越していて、その作品は韓国の教科書に載るほど有名である。時代劇『ファン・ジニ』のモデルにもなっている。




淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)
[1670~1718年]
19代王・粛宗(スクチョン)の側室。時代劇『トンイ』のモデルとなった。宮中の下働きをしているときに粛宗に見初められて側室になる。張禧嬪(チャン・ヒビン)とはライバル同士として張り合った。1694年に王子を産んだが、それが後の21代王・英祖(ヨンジョ)である。
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