思い出の海岸
韓国のあちこちで飲み歩いてきたので、酒に関しては様々な記憶があるが、1つだけ思い出してみよう。
2004年7月、江原道(カンウォンド)のチュアム海岸に行ったときのことだ。
この海岸は『冬のソナタ』の第18話に出てくる。ユジンとの別れを決意したチュンサンが彼女を誘って行った海が、まさにチュアム海岸だった。ドラマの名場面を思い出す人も多いだろう。
実際にとても美しい海岸で、私もチュンサンとユジンが泊まった民宿にやっかいになった。
夜は地元の食堂で極上の刺し身を食べ、かなり酔いがまわっていた。それでも懲りずに、酒を買って砂浜に腰を下ろして飲んだ。
焼酎が何本あっても足りない。その度に再び買い出しをして、砂浜で飲み続けた。
「チュンサンとユジンもこの砂浜に座っていたなあ」
そんなことを思いながら、『冬のソナタ』の名場面にあやかって、海に向かって思い出の品を投げるポーズまでしてみた。ほとんど泥酔状態である。
寝入ってしまった。
夢の中で、犬が吠えている。その声がどんどん近づいてくる。しまいには、犬の臭いまでしてくるではないか。
「夢に臭いが付いているのか」
そう思った瞬間に目が覚めると、ドーベルマンのような猛犬がまさに私に襲いかかろうとしていた。
その犬を誘導しているのが銃を持った兵士だった。それも数人。私は猛犬と屈強な男たちに囲まれていた。
本当に恐ろしかった。一瞬で酔いが覚めた。
「何をしている?」
若い兵士の鋭い声が飛んだ。
何をしているも何も、酒に酔って海岸で寝入っていただけだ。
<それのどこが悪い? とにかく、命だけはお助けください>
私は猛犬を避けながら、必死にそう思った。
兵士たちの銃が闇の中で不気味に光っていた。
「ここは夜間立ち入り禁止だ。そんなことも知らんのか」
兵士にきつい口調で言われた。
彼らの説明によると、北朝鮮の兵士の侵入を防ぐために夜間の海岸は完全な立ち入り禁止になっているそうだ。
うかつにも知らなかった。私はとにかく「怪しい者ではありません。日本から来た、ただの酔っぱらいです」ということを説明して、逃げるように民宿に戻っていた。まさに「脱兎のごとく」である。
あんなに怖い思いをした酒は他になかった。
文=康 熙奉(カン ヒボン)