『イ・サン』で強烈に描かれた意外な女性たちは?

正祖の正室と側室

3人目は正祖の妻であった孝懿王后(ヒョウィワンフ)だ。
とても人格者で、宮中で誰もが尊敬するほど評判が良かった。
ただし、正祖との間で子供を宿すことはできず、1821年に68歳で亡くなった。今でも韓国で「もっとも徳があった王妃」として記憶されている。
次は、正祖の側室だった宜嬪(ウィビン)・成氏(ソンシ)について。
正祖に4人の側室がいたが、その中の1人が宜嬪・成氏である。『イ・サン』でハン・ジミンが扮したソンヨンのモデルだと言われている。
正祖との間で文孝(ムニョ)世子という名の王子をもうけたが、その息子は5歳で亡くなってしまった。
さらに、宜嬪・成氏は妊娠しているときに若くして亡くなったと伝えられている。
いわば、悲劇の側室なのである。
5人目は正祖の側室だった綏嬪(スビン)・朴氏(パクシ)だ。




正祖との間に、1男1女をもうけた。
その内の王子は1790年に生まれていて、正祖が1800年に亡くなったあと、王位を継いで23代王・純祖(スンジョ)となった。
つまり、綏嬪・朴氏は国王の母になったのである。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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