グレース・ケリーとレーニエ大公/王妃になったシンデレラ女優
仕組まれた出会い
古き良き時代のおとぎ話では、王子が見そめる相手はきまって、ひっそりと暮らす控え目な女性であった。美貌の持ち主であっても虚栄心の強い女性は、振られ役と相場が決まっていたのだ。
しかし、現代のおとぎ話は、地味な女性より生まれながらのスターを好むようだ。王子が選んだのは、「女優」という虚栄心の象徴のような職業をもった女性であった。それも、売り上げ不振に悩む大手雑誌が、起死回生に考えだした突飛な企画が縁結び役を果たしている。ゴシップ好きな連中にとって、これほど食卓を愉快にしてくれる話題はない。
ときは1955年5月。フランスで最も有名なイベント……カンヌ映画祭がまさに開かれようとしていた。話題を一身に集めていたのは、ハリウッドを代表して出席するグレース・ケリーだった。
近寄りがたいほどの美貌と気品をもったグレースは、『真昼の決闘』『裏窓』『泥棒成金』『喝采』などの作品によって、ハリウッド黄金時代のトップ女優になっていた。
そのグレースがカンヌ行きの荷作りをしている頃、『パリ・マッチ』誌の編集部では、カンヌ映画祭とグレースをセンセーショナルに扱った企画を考えていた。部数減に悩む『パリ・マッチ』にとっては、読者の関心をひくページがぜひともほしかった。
しかし、ありふれた企画ばかりで、なかなか名案が浮かばなかった。
「グレース・ケリーのパーティドレスを見せて、『ハイおしまい』では、読者にもあきられてしまうぜ」
そんな声がもれて、会議は重苦しいものになりかけていた。そのとき、編集主幹がやぶれかぶれに言った。
「モナコのレーニエ大公と彼女を会わせてみたらどうだ。ひょっとすると、大ロマンスが生まれるかもしれないぞ」
編集主幹が言い終えたとき、すでに会議室は興奮の頂点に達していた。
「それで決まりだ。大評判になるぞ」
「見出しは『魅惑の王子、映画界の女王と接見!』というのはどうだ?」
編集部員が興奮するのも無理はなかった。
レーニエ大公はヨーロッパで最も有名な独身男性で、玉の輿を狙うフランス女性にとっては究極のターゲットとなっていた。
そのレーニエ大公にグレース・ケリーを会わせる……この企画が実現すれば、『パリ・アッチ』の爆発的売れ行きは間違いのないところだった。
担当を命じられたピエール・ギャラントは、早速、根回しを開始した。モナコの王宮にさぐりを入れて、「カンヌ映画祭にやって来るグレース・ケリーが大公に会いたがっている。どうにかならないか」と打診した。レーニエ大公もグレースには関心をもっていたようで、すぐに王宮から「大公は喜んで会う」という返事が届いた。
第一関門は突破した。次は、グレースの承諾を得なくてはならない。
ヨーロッパの独身女性で、レーニエ大公との面会を断る世間知らずは1人もいないが、アメリカにもこの常識が通用するのかどうか。
ギャラントはこのことが気がかりだった。(ページ2に続く)