『オクニョ』で強烈な悪女として描かれた文定(ムンジョン)王后!

不幸な時代

中宗の後継ぎは章敬王后が産んだ長男で、中宗が1544年に亡くなった後に12代王・仁宗(インジョン)として即位した。
文定王后も1534年に中宗の二男を産んでいるが、長男が即位しただけに、二男に王位がまわってくることは難しかった。
ところが、仁宗が即位して8カ月で急死してしまった。これには、「文定王后が毒殺したのではないか」という疑いがあり、その可能性もかなり高い。結果的に、文定王后としては、次から次へと自分に有利な状況になっていって、最終的に大妃まで上りつめたのである。




しかし、その裏では、手先となった鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)や、実弟の尹元衡(ユン・ウォニョン)が悪行を重ねていた。その末に、文定王后は大妃になれたのだ。
大妃となった彼女は、自分の息子が幼くして王になったことで摂政を担い、私利私欲をあからさまにした悪政を続けた。
それは、『オクニョ 運命の女(ひと)』で描かれたとおりだった。このように、悪女の文定王后が権力を持ったことが、朝鮮王朝にとって不幸だった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)
よみうりカルチャー北千住(03-3870-2061)で「韓流時代劇の理解が深まる古代から朝鮮王朝までの歴史解説」を開講。毎月1回ずつ3回シリーズで、韓流時代劇が描く歴史の世界を解説します。詳しいことは下のリンクを見てください。
https://www.ync.ne.jp/kitasenju/kouza/201910-01371907.htm

「朝鮮王朝三大悪女」よりもっと強烈な悪女とは?

「朝鮮王朝三大悪女」の中で誰が一番の悪女か?

『オクニョ』でチン・セヨンが扮した茶母(タモ)とは何か?

『オクニョ』を通して朝鮮王朝の制度と王家の何がわかったのか?

『オクニョ』の悪徳夫婦の最期はドラマと違って史実ではどうだった?

ページ:
1

2

注目記事のエッセンス1

記事「トンイは張禧嬪(チャン・ヒビン)より悪女なのか?」

ドラマ『トンイ』は日本でも大人気を博した。トンイを演じたハン・ヒョジュの魅力もあって、トンイがいかにも明るくて純粋な女性のように描かれていた。一方の張禧嬪は、朝鮮王朝3大悪女の1人に数えられて、悪女の代名詞になっている。しかし、本当の悪女はどちらだったのだろうか。史実を見ていくと、トンイの別の顔が見えてくる。

ページ上部へ戻る