日本と韓国の歴史を振り返る/第15回「元寇」

元寇の影響

日本は絶体絶命の危機に陥ったが、救いとなったのがあの“防塁”だった。延々と海岸線に造られた防塁を見て、連合軍は上陸時に多大な犠牲者が出ると考え、防塁を迂回する戦術を取った。これが兵力の分散を招いた。しかも、寄せ集めの連合軍は連携で失敗し、一枚岩になれない弱さを露呈した。
連合軍が混乱しているのを見抜いた日本は、博多湾に浮かぶ船団を小舟で夜襲して小さな戦功を重ねた。
そうやってかろうじて防いでいるときに神風がやってきた。7月末に台風が襲ってきて、連合軍の船団は甚大な被害を受けた。一気に、14万人の兵力が4分の1に激減したともいう。こうなっては侵攻を続けられない。連合軍は目的を達せられないまま退却していった。




二度にわたる元寇は高麗を奈落の底に突き落とした。莫大な戦費が特に痛かった。さらに、朝鮮半島南岸では倭寇の活動が活発になった。
高麗はどれだけ倭寇の被害に苦しんだことか。滅亡の大きな理由として倭寇を挙げる学説も多い。
一方、鎌倉幕府も二度の元寇を通して政権の力が弱まり、こちらも滅亡への坂道を転がり落ちるようになった。
歴史は、一つの出来事が次代を動かす連鎖の繰り返しだ。高麗も鎌倉幕府も元寇の影響からは逃れられなかった。
(次回に続く)

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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