浅草を気ままに歩く(後編)

台東区を改名してみたら

A-5

女性の守り神として信仰を集めた淡島堂

淡島堂をゆっくりまわる。となりには奥山庭園がある。江戸時代に見世物小屋が数多くあった場所で、盛り場として有名だったようだ。
ここに、喜劇人の碑があるところがいかにも浅草らしい。碑の揮毫は森繁久弥。彼が喜劇人を代表しているのは、碑を建立した当時の名声のゆえか。もちろん、森繁久弥に異論を唱える人はいないだろうが……。
さらに、境内をグルリとまわってみる。本堂の東南には小さな丘の上に弁天堂がある。昭和五十八年に再建されたものだが、その前には鐘楼の鐘がある。元禄五年(一六九二年)に五代将軍の綱吉によって改鋳された。江戸時代に“時の鐘”として使われたようで、松尾芭蕉の「花の雲、鐘は上野か浅草か」という有名な句の“浅草”を示している。ちなみに、上野の“時の鐘”は寛永寺にあった。
私が思い出すのは、台東区の区歌。私が台東区立駒形中学に通っているとき、恒例行事のときに歌ったのが台東区の区歌で、出だしは「鐘は上野か桜に花に」というものだった。明らかに芭蕉の名句から拝借している。
台東区というのは戦前の下谷区と浅草区が戦後に合併してできた区だが、上野浅草区にすれば(あるいは浅草上野区でもいいが)、全国的な知名度は抜群だっただろう。今からでも遅くないから、改名してみたらどうだろうか。台東区よりもよっぽど人々に覚えてもらえると思うが……。
まだ、弁天堂の境内にいる。ここには松尾芭蕉の古い句碑がある。ただ、建立されたのが寛政八年(一七九六年)と二百年以上も前なので、句碑の表面がこすれている。
必死に読もうとしたのだが、ついにわからなかった。説明板を読むと、「くわんをんのいらか見やりつ 花の雲」と書かれてあるそうだ。
花の雲か……。芭蕉が詠んだのは桜の季節だったのか。春になったら、もう一度ここに立って、本堂の方向をながめて見たくなった。(ページ4に続く)

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