即位してから評判が最悪だった仁祖(インジョ)!

反乱軍を恐れた仁祖

李适には謀反を起こす気などなかったのだが、自分が疑われたことに憤り、最後には本当に反乱を起こしてしまった。
李适はなにしろ、最強と言われた北方守備部隊を管轄していた。この軍を使って反乱を起こした李适は、王朝軍を次々に破って都の漢陽に迫った。
命の危険を感じた仁祖は、あっさりと漢陽を捨てて、忠清(チュンチョン)南道の公州(コンジュ)に向かって避難していった。




朝鮮王朝は1392年に建国されたが、王が国内の反乱によって漢陽から逃げるのは初めてだった。豊臣軍の朝鮮出兵のときの宣祖とは、事情がまるで違うのである。
李适に率いられた反乱軍が漢陽を占領したのは、挙兵してから19日目の1624年2月10日であった。
最終的に、反乱軍は王朝軍の巻き返しによって敗れ、李适は部下に殺されている。こうして乱は終わったのだが、あっさりと都から逃げ出したことで、仁祖の評判は非常に悪くなった。
(ページ3に続く)

光海君(クァンヘグン)は兄弟同士の争いを経て国王になった!

仁祖(インジョ)!弟の復讐を果たして即位

光海君(クァンヘグン)の斬首を執拗に主張した仁穆(インモク)王后!

仁祖(インジョ)は貞明公主(チョンミョンコンジュ)に特別待遇を与えた!

『華政』の主人公/貞明(チョンミョン)公主の人生!

ページ:
1

2

3

関連記事

各ジャンルの紹介

本サイトは以下のようなジャンルに分類されています。左上にカラーで色分けされた各ジャンルがありますので、それぞれにクリックをして目的のジャンルにアクセスしてください。

〔各ジャンルの分類〕
●オススメ記事
●韓流
・韓流スター
・トッケビ
・ドラマ
・兵役
●ヘルシー
●ビューティー
●グルメ
●韓国時代劇の人物
●歴史
・日本の歴史
・韓国の歴史
●旅行/エッセイ
・旅行
・散策
・ワガマ散歩
・恋愛博物館
・黒猫ミネット日記
●編集部

注目記事のエッセンス1

記事「初心者でも大丈夫!おいしいキムチの作り方」

白菜は、塩漬けしたものを用意する。自宅で漬ける場合は、大きめのボールに入れた白菜の根元にまんべんなく塩を入れ込み、呼び水となる薄めの塩水を下に引いておく。呼び水を入れる理由は、日本の白菜は水分が少なめだからだ。
そして、重石をのせて一晩寝かせる。翌日に白菜の塩水を捨てながら、塩加減を調整していく。日本のおしんこより塩味が少し薄いくらいがちょうどいい。
また、面倒なときは、白菜の塩漬けを買ってくるという方法もある。
さらに、キムチ作りに欠かせないのが味の決め手となるヤンニョム。これをつくる際は、ごはんを入れることが大事なポイント。ごはんは糊の役目を果たし、キムチ全体にとろみを出してくれる。

注目記事のエッセンス2

記事「チーズタッカルビは新大久保でなぜ人気があるのか」

そのままでも高い人気を誇ってきた「タッカルビ」。それにチーズを多めにからませるという斬新な発想から出来上がったのがチーズタッカルビだ。
新大久保の韓国レストランに行って、実際に食べてみよう。
焼き上がったタッカルビが鉄板の両脇に並べられ、その中央にチーズがたっぷり置かれているのが、典型的なチーズタッカルビだ。

ページ上部へ戻る