即位してから評判が最悪だった仁祖(インジョ)!

反乱軍を恐れた仁祖

李适には謀反を起こす気などなかったのだが、自分が疑われたことに憤り、最後には本当に反乱を起こしてしまった。
李适はなにしろ、最強と言われた北方守備部隊を管轄していた。この軍を使って反乱を起こした李适は、王朝軍を次々に破って都の漢陽に迫った。
命の危険を感じた仁祖は、あっさりと漢陽を捨てて、忠清(チュンチョン)南道の公州(コンジュ)に向かって避難していった。
朝鮮王朝は1392年に建国されたが、王が国内の反乱によって漢陽から逃げるのは初めてだった。豊臣軍の朝鮮出兵のときの宣祖とは、事情がまるで違うのである。
李适に率いられた反乱軍が漢陽を占領したのは、挙兵してから19日目の1624年2月10日であった。




最終的に、反乱軍は王朝軍の巻き返しによって敗れ、李适は部下に殺されている。こうして乱は終わったのだが、あっさりと都から逃げ出したことで、仁祖の評判は非常に悪くなった。
(ページ3に続く)

光海君(クァンヘグン)は兄弟同士の争いを経て国王になった!

仁祖(インジョ)!弟の復讐を果たして即位

光海君(クァンヘグン)の斬首を執拗に主張した仁穆(インモク)王后!

仁祖(インジョ)は貞明公主(チョンミョンコンジュ)に特別待遇を与えた!

『華政』の主人公/貞明(チョンミョン)公主の人生!

ページ:
1

2

3

ピックアップ記事

注目記事のエッセンス1

記事「トンイは張禧嬪(チャン・ヒビン)より悪女なのか?」

ドラマ『トンイ』は日本でも大人気を博した。トンイを演じたハン・ヒョジュの魅力もあって、トンイがいかにも明るくて純粋な女性のように描かれていた。一方の張禧嬪は、朝鮮王朝3大悪女の1人に数えられて、悪女の代名詞になっている。しかし、本当の悪女はどちらだったのだろうか。史実を見ていくと、トンイの別の顔が見えてくる。

ページ上部へ戻る